源平合戦の地 旗塚、生田川


生田川は源平合戦の地で旗塚が有ったと云われています。

一の谷の合戦の際、平家軍は生田の森の城戸として陣をこの生田川に逆茂木(さかもぎ)を並べて防御をかため源氏と相対しました。
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 旗塚は生田川の東側」に位置しています、源平合戦で討ち死にをしてた将兵の遺骨を集めた灰塚がなまったとゆう説、源氏側の旗印を立てた所とも言われていますし、また、昔に旗塚という古墳が有ったためとも…
生田川は親水公園として整備されていますが旗塚と思われる礎石は見当たりませんが生田川より東寄りに旗塚通と云われる地名が有ります。
 この旗塚という地名は寿永3年(1184)一の谷の合戦時、源範願頼が陣どり源氏の旗を立てたから旗塚と呼んだとか、元弘3年(1333)赤松則村が摩耶山に立てこもり京都六波羅軍を迎え撃った際、生田川は主戦場となり、戦死者を葬った処を灰塚と呼んだと云う説が有り審議は不明です。
新幹線「新神戸駅」南側すぐ

生田川公園
神戸市と中国天津市との友好を記念して親水公園風に整備され、岸壁面に龍をモチーフした壁面「百龍嬉水」と東家「連翼亭」が建てられて市民のいこいの場となって居ます。                            P1040286.JPG    生田川 連翼亭






P1040285.JPG     生田川 百龍嬉水


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